【アニメ】機動戦士ガンダムNT 感想
どうも、りぼーんぬです。
最近はコブラになりたいですが私は元気です。
今回はこれ
の感想記事になります(今更)
注意
①今回の記事はネタバレしかないです。『機動戦士ガンダムNT』の他に『機動戦士ガンダムUC』等、過去作品も多少ネタバレする可能性があります。ご了承下さい。
②私はガンダム作品は宇宙世紀、アナザー含め殆ど視聴済ですがにわかです(基本的に真面目な考察はせず、楽しめれば設定的矛盾とかどうでも良い)。今回の記事もガバガバ解釈のガバガバ感想記事になります。
以下本編
『機動戦士ガンダムNT』ってどんなお話?
宇宙世紀0079年。オーストラリアに暮らす3人の少年少女、ヨナ・バシュタ、ミシェル・ルオ、リタ・ベルナルは、ジオン軍のコロニー落としを事前に察知し、多くの人々を避難させて命を救った事で「奇蹟の子供たち」と呼ばれるが、その能力に着目した地球連邦軍(後のティターンズ)によって、一年戦争終結後にニュータイプの能力を解明するために強化人間の実験施設に入れられる。
実際はコロニー落としを予知したニュータイプはリタ一人であった事に加え、施設で行われる非人道的な実験、死んでいく子供達を目の当たりにした3人は施設からの脱走を試みる。しかし結果的にはリタを施設に売り渡すことになってしまい、ヨナとミシェルは拭いようもない罪悪感を抱えながら施設を後にする。
それから18年後の宇宙世紀0097年。ラプラスの箱をめぐる「ラプラス事変」は、フル・フロンタルの打倒と、「ラプラスの箱」の開放によって決着した。その立役者となったユニコーンガンダムとバンシィ・ノルンの二機は、現在の人類には扱い切れないとして地球連邦軍とミネバ・ラオ・ザビ一派が封印協定を締結し、極秘裏に解体・封印された。
だが、それと前後して、過去に暴走事故を起こして行方不明となっていたユニコーンガンダム3号機"フェネクス"が地球圏に姿を現した。ルオ商会の重鎮となっていたミシェル率いる連邦、ゾルタンが率いる袖付きの残党に偽装したネオジオンはそれぞれの目的の為に人智を超えたサイコフレームの力を持つフェネクスの鹵獲を巡り争っていく。
要は
ユニコーンやバンシィと同等の力を持つフェネクス手に入れればサイコフレームのインチキパワーで奇跡起こせるやんけ!捕まえたろ!!
→ドッカンバトル突入
→鳥になりたい
こんな感じですね(雑)
動機とか人間関係とか細かい部分は映画観てくれ(解説放棄)
『機動戦士ガンダムNT』を5段階評価
長々と感想を書く前に作品の各要素を5段階評価
作品完成度
脚本:★★★★★
作画:★★★★
音楽:★★★★★
CG:★★★★
ストーリー及びキャラの魅力(5段階評価)
熱血要素:★★★★
萌え要素:★
感動要素:★★★★
考察要素:★★★★
全体的に高評価。まず一言
普通に面白かった
私も鳥になりたい
以下いくつか語りたい所だけピックアップ
脚本
(具体的な中身の話は最後に書きます。)
1時間30分という短い時間の中で1つの物語としてキチンと纏まっているのが高評価です。『機動戦士ガンダムユニコーン』の続編ではありますが宇宙世紀の作品としての事前知識をあまり必要とせず、ガンダムを観た事が無い人でも概ね楽しめる。過去作品を観ていればより楽しめるって感じ。
前作主人公のバナージ君も適度に活躍。次回作への種蒔きもしており1つの作品としてよく纏まっています。
戦闘シーンも序盤から有り合計3回、劇場作品としては理想的な構成だったと思います。
以下お気持ち表明
宇宙世紀の過去作と比べてどうこう語るのはやめよう。『ニュータイプの定義おかしいだろ』とか『ナラティブガンダム自体が設定矛盾だろ』とか細かい事を気にしないのが大事。細かい事で騒いでも新規を遠ざけるだけなのでそういうのは心の内に留めておこう(良心)
作画
ネット上では酷いって意見が散見されました為、観る前は少し不安でしたが十分作画は良かったと思います。戦闘シーンも迫力ありますし美しいです。ただ、流石に前作であるユニコーンよりは若干劣るのは否めないです。作画崩壊している訳ではなく視聴者の要求レベルが高すぎるだけだと思いました。(ス〇ホ太郎とかで訓練されていれば何でも神作画なので普段からク〇アニメで精神を鍛えよう!)
コロニーでのシナンジュ・スタインとナラティブガンダムの戦闘ほんとすき
音楽
文句なしの最高評価。とにかく作中の挿入歌『Vigilante』が激アツでワクワクさせられます。エンディングも本編ラストシーンとのシナジー効果が高くて◎
[http:// :embed:cite]
ナラティブ君が調子良い時に流れるテーマって表現が本当に的確ですね
総評(個人の見解)
『機動戦士ガンダムUC』以降の物語を各種メディアで展開するシリーズ「UC NexT 0100」の第1弾として製作された本作はキャッチコピーを「ニュータイプ神話の行き着く先」にしている通り、神格化されたニュータイプという存在に一石を投じた作品、もっと言えば釘を刺した作品だったと思います。
具体的にはサイコフレームの持つ力、ニュータイプの持つ力はアムロ・レイがアクシズ落としから地球を救った虹の光が放つ奇跡、バナージ・リンクスが人類の可能性を信じ、コロニーレーザーから次世代への希望であるラプラスの箱を守る為に起こした奇跡を目の当たりにした多くの人々によって認知され始め、その力に執着する人が沢山出てくるのがまず印象付けられました。
これはまあ当然の流れだと思う。インチキオカルトパワー過ぎてサイコフレームとニュータイプを手中に収めれば世界を支配出来そうですもの(冷静)
実際作中の主要人物の一人であるミシェルはニュータイプが死者とも対話できる点から『死を克服した存在』だとし、サイコフレームとニュータイプが創り出す永遠の命の可能性に懸けていました。
一方で皆大好きゾルタン・アッカネンちゃんは
『人類が宇宙に出て100年とかで都合よく人が進化するものか』
と語っており
主人公であるヨナ君もフェネクスに残るリタの意思に触れ
『永遠の命なんてものはないんだ』
と結論づけていました。
というよりもニュータイプは死すら克服した存在と言ったミシェルですら物語終盤で
『まだ人はそのマシンに触れる準備が出来ていない』
とヨナに語っており、作中の人物の共通認識としてニュータイプという存在もサイコフレームも人類の手には余るものとして描かれていました。
しかしながら全体としてはニュータイプとサイコフレームを不完全な存在と分かっていながらもその力に惹かれ、欲し、争いを生み出していきそうな匂いを残しながら物語は幕を閉じました。(実際Vガンダムの世界に至るまで争いは度々起きる。)
雑にまとめると
本作はニュータイプの持つ力の全能感と危うさを描きつつ人類の可能性よりも未熟さにスポットを当てたって感じでした。1つの物語として綺麗に纏めながらもこのエピソードはあくまでもニュータイプ神話序章に過ぎないという雰囲気を感じさせる作品だったと思います。
作中で一番良かったのはイアゴ隊長というキャラでした。てか製作陣が伝えたかった事はイアゴ隊長が全て言っていましたね。(ヨナ君やミシェルも目的が分かりやすくて芯もあり好印象です。)
人類は永遠の命を手にしても持て余してしまう。人類は人智を超えた世界の扉の前まで来ているのも事実。しかし、この扉の先に進むには人類は未熟であり、まだ長い時間がかかる。それでも、かつてアムロ・レイが見せた虹の光の輝きと温かさを知っていた彼は、人類が今は無理でもいつかはきっと扉を乗り越えられるという未来を信じてガンダムに全てを託すシーンが激アツでした(早口オタク)
MSとか人物について語っていたら一生記事が書き終わらないのでこの辺で(放棄)
ナラティブガンダム格好良かった(小並感)